琥珀の望遠鏡       フィリップ・プルマン

琥珀の望遠鏡―ライラの冒険シリーズ〈3〉
琥珀の望遠鏡―ライラの冒険シリーズ〈3〉

著:フィリップ プルマン|出版社:新潮社|発売日:2002/01|単行本|4105389033|

ライラは洞窟にいた。薬を飲まされ,眠りつづけてはいたがともかくまだ生きていた。ウィルは天使やトンボ乗り,イオレクらと協力してライラを救い出す。そして,新しい世界への窓を切り開きなすべき事を果たすために冒険を続ける。""

あまり書くとネタバレになってしまうのでこれくらいにとどめておきます。
1,2巻でライラやウィルにとって大切な人が死んでしまうが,この3巻への伏線だったことがわかります。彼らの死なしでは冒険は終わらないのです。
しかし,読んでいて辛かった。涙がぽろぽろ…
世界を救うというのは,こんなにも多くのものを犠牲にしなくてはならないのか。

大きなテーマとして「神」「教会」「宗教」が挙げられるけれど,私が心に残ったのはライラとウィルがメアリーと語り合うところ。
<ぬきがき>
「あなたの世界のオックスフォードで,はじめて会ったとき」ライラはいった。「科学者になった理由のひとつは,善悪を感じないですむからだといったわ。修道女だったときは,善悪を考えてたの?」
「さあ、ノーね。でも,どう考えるべきかはわかってたわ。なにもかも教会の教えるとおりに考えてたの。そして,科学を勉強するときには,まったくほかのことを考えなくてはならなかった。だから,善悪について考える必要はなかったのよ。」
「でも,いまは考えるの?」ウィルはいった。
「考えなきゃならないと思うわ。」メアリーは正確にいおうとした。
「神を信じるのをやめたとき,善悪を信じるのをやめたの?」
「いいえ。ただわたしたちの外に善の力と悪の力があると思うのをやめたのよ。そして,善と悪は,人間のおこないについていえることで,善人と悪人がいるんじゃないと信じるようになったの。わたしたちにいえるのは,これはいいおこないだ,だれかの役にたつから,あれは悪いおこないだ,だれかを傷つけるから,ということだけ。人間は単純にレッテルをはるには複雑すぎるわ。」
「そうね」ライラはきっぱりとした口調でいった。
「神がいなくてさびしく思った?」ウィルはきいた。
「ええ,とても」メアリーは答えた。「いまもそう思うわ。いちばんさびしく思うのは,世界全体とつながっているという感覚がないことよ。以前は,神とつながっている,神がいるから,神のすべての創造物とつながっている,と感じてたの。でも,神がいないとなると・…」
<ここまで>

コールター夫人やアスリエル卿などの書き方はまさに善悪どちらともいえる非常におもしろい人物で,複雑な人間性がよく出ていると思いました。アスリエル卿よりは,やはりコールター夫人の方がわたしには分かりやすい。簡単に人を殺すような女でも母の部分は切り捨てられないあたり…
おなじみのイオレクやセラフィナ・ペカーレの他にトンボ乗りの勇敢なスパイが新しく加わるんだけど,すごく魅力的。ダイアモンド型の骨格を持つ知性ある生き物ミュレファ。今回の登場人物もみな存在感があります。
それにしても渦巻くダストの美しさ。

死者・天使・神(オーソリィティ)・教会の書き方はとても大胆かつ刺激的でした。訳者のあとがきによると,宗教界でも問題になっているとか。
一読しただけでは消化しきれなかったので,一巻から再読してみようと思っています。
(2002.02.10読了)