裏庭 梨木 香歩

裏庭
裏庭

著:梨木 香歩|出版社:理論社|発売日:1996/11|単行本|4652011261|



裏庭
裏庭

著:梨木 香歩|出版社:新潮社|発売日:2000/12|文庫|4101253315|

友達の綾子のおじいちゃんから聞いたバーンズ屋敷の不思議な裏庭の話。照美は,大鏡から裏庭への道を開いてしまう。霧の中から現われた不思議な世界。照美は,自分の世界に戻るために冒険を始める。""

個性的な登場人物がみな何かを暗示し,テルミィの舞台を織り上げて行く。さっちゃんも,妙子さんも幻の王女も,テルミィの人生では脇役であるが,それぞれの人生では主役なのだ。裏庭は一つではない。真実も一つではない。それを見るとき,見る人によってこうも違うものなのだ。
マーサが最後に言う「裏庭こそが生活の営みの根源である」という言葉。イングリッシュガーデンの本を読んでいたときにも同じ節があったのを思い出した。「前庭は人に見せるもので,本当にその家のものが愛し,手を入れるのは裏庭。外からは見えないんですよ。」と。

 裏庭の崩壊と再生,それは,テルミィの自我の崩壊と再生を表していたのだろうと私は思った。今までに周囲から形作られていた「自分」を崩し,新しい「自分」を作り上げる。それは,人間にとってとても大切なことである。多くの子供達がこの「思春期」をそうして乗り越えて行く。そうして,人は成長する。その過程では死や罪,影も避けることはできない。

梨木さんの本はまだ2冊しか読んでいないが,両方に共通しているのは,その圧倒的な「香りと空気感」だ。人間の五感を書物の上で再現させている気がする。反して裏庭と大鏡付近以外の描写は実に簡潔だ。匂いや空気はあまり感じられない。照美が今まで過ごしてきた「世界」が彼女にとって味気ないものだったのかもしれないと思った。よろいを着て,薄皮の中から感じる世界だったのではないだろうか。
裏庭を強烈に描くことで幻の中での生命感を表現していたのではないか。

何と言うか,どろどろとした暗部を感じさせる物語であり,好みが分かれる本だろう。でも,凄い人だと思う。何年かたって,もう1度「裏庭」を舞台とした作品を書いて欲しい。そうしたら,どんな物語になるのだろう。とても楽しみだ。(1999年9月)